2011年12月29日木曜日

paraguayの主婦

みなさん こんにちは! 年の瀬をいかがお過ごしですか?

私は先生用の資料作りのため、ここ数日ステイ先にひきこもり、
一日中パソコンと格闘しております。目がシバシバしてきました…(+ +)

そんな今日…

これなんだと思います? 




正解はこれを作る道具!!


 見てこれ!
手作りのラビオリ…


ステイ先のママさんが
ヒ―ヒ―、フーフー 言って作っていました。

パラグアイの主婦とは たくましいものです。

お味も 最高(^^)b   すごいです。



でも パラグアイでは、

毎月29日は  ニョッキ を食べる日なんだそうです…
(ニョッキのお皿の下に、小額の紙幣を入れて、奥様にプレゼントするんだそうです。)

ま、ニョッキも家で作っちゃうそうなので、どっちでもよかったのでしょうか…


私にとっては、美味しいお昼ごはん というだけで 大満足です。

いつもありがとうございますm( _ _ )m!!

2011年12月24日土曜日

今しかできないこと。

こんにちは(^^)☆
誕生日以降、パラグアイに来てから一番と言ってもいいほど、
忙しく日々を過ごしていました。

で、今日はクリスマス。
クリスチャンが多いパラグアイでは一年で一番大事な日かもしれません。
今夜、2回目のクリスマス@パラグアイ も楽しくなりそうです。

忙しいです。次は何をしたらいいのか、、、考えるのが大変なほどです。
でも、充実しています(^^)。




夏休みに入り、隊員仲間と共に、

 ①パラグアイの先生のために、授業づくりの手助けとなるような資料を作り始めました。
 ②自己研鑚? と 心の充実のために 旅にも出ました。



他人のため と 自分のため(大部分?!) に時間を使い 贅沢な日々です。
今日は ちょっと その贅沢を自慢をしたいと思います(スミマセン…(+ +))。
 ①の方は 出来上がったら、先生の反応と共にお伝えします。

アルゼンチン PATAGONIA に旅行行きました。


まずは、世界最南端の町 【ウスアイア】 へ!!



とても綺麗な町です。夏といえど、肌寒い朝晩です。



港は まるで 写真の世界に入り込めたような気持ちになります。


世界最南端にある蒸気機関車に乗り、ティエラ・デル・フエゴ(火の地) へ!!
この蒸気機関車、囚人たちが作ったものだそうです。



国立公園。南米大陸を縦断する国道上にあります。



このツアーのガイドさんは日系3世のお方。
おじいさんおばあさんが日本からアルゼンチンへ移住してきたそうです。
素敵な方でした。
英語、ペラペラです。アルゼンチンのガイドさんはスゴイです。



【世界の果て】上陸 の証明です。



飛行機は、遅延と荷物の遅れなど、様々な問題を巻き起こしてくれましたが、
ここは南米です。そう、日本ではないので、多少のことは【普段通り】なんです。




世界最南端は21時でも この明るさ。なんてったって、南極に近いのです。
氷河のある町、カラファテへGO!!



早速 氷河を体験。トレッキングです。
すごい感動です。メチャクチャ寒い(> <) 
けれどそんなの忘れちゃうくらい心が奮えます。



そう、ツアーです。英ガイドより、スペイン語ガイドをお願いする私たち。
日本人の英語力、何とかしないとイケませんね(笑)。




クルーズも最高です。ゴゴゴゴゴーッと大音量の氷河崩壊。
自然の大きさに 人間というものを考えます☆



伝わります? この感動を分かち合いたい♪



カラファテの町の22:30です。



カラファテを後にした私たちは 動物たちの楽園バルデス半島へ!!
ここでも船。
近くへ。



ア シ カ !!


ク ジ ラ !! (これは超ラッキー。今年最後のクジラ遭遇だそうです。)



アザラシにも!!



ペンギンにも!!   30cm先、目の前にいます。(右と左は、別の場所のペンギンたちです。)
  




後ろに大西洋。そしてペンギン。



ペンギンの営巣地です。 この規模は 世界に一つだそうです。


まるで映画やDVDの世界に入り込んだようです。



バルデスの拠点は【プエルト・マドリン】という町です。



アルゼンチンのイギリス人移住地【ガイマン】にも行きました。
アフタヌーンティーを しっかり がっつり 楽しみました。



町に戻ると、協力隊の同期シニアボランティアさんと桟橋の上でバッタリ遭遇!
私たちは「きれいな桟橋だね~」と言いながら観光、ご夫婦は「毎日の日課の散歩」で来ていて、
ものスゴイ小さい確率により、出会いました。
左のシニアボランティアさんは同期で唯一アルゼンチンに派遣されたお方であります。
「港町なんだから!」と、新鮮な海の幸をたっぷりごちそうになりました。
私の日焼けっプリにも もうガッカリですね・・・(+ +)

パラグアイにはほとんどない海の幸、隣の国ではこんなに食べられるのだ…と、「差」を感じてしまいました。






世界には まだまだ沢山 知らないこと があって、

それは 先人たちが残した証だったり、 そのまま残っているモノだったり…。



世界には 日本と繋がっている人たちが 沢山いて、

それは 本当に 日本を大事に思わせてくれる事実であって…。



私たち人間は  自然を生かしているんじゃなくて、自然に生かされていて…。



これらは 人の生き方を見つめ返させてくれるもの ばかりでした。



地球ってすごい のです。



ガイドさんたちは「動物たちの生活を、自然を守ってください」と訴えていました。
この意味、しかと受けとめました。





さて、こうして記録を付けた後は、
目の前のパラグアイを また 見つめてみましょう(^^)。

おそらく最後になるであろう、南半球&クリスチャンたちの国の聖夜を楽しんできま~す!!

2011年12月11日日曜日

12月11日

みなさん、こんばんは☆

記念すべき誕生日を 楽しく過ごさせてもらいました(^__^)


こうして、ステイ先の方、その親戚の方、同じマリアアウシリアドーラの協力隊員と
同期L隊員にお集まりいただき、それはそれは大きな食卓を囲みました☆
    


パラグアイは、誕生日の人が、料理等をふるまう慣習なので、私は…
  
パパさんに頼んでアサード(巨大お肉の塊焼き)、
ママさんに頼んで ソパ、チパグァス、
エルマナ(妹)さんに頼んでサラダなど、
隊員仲間に頼んで太巻き、を用意してもらい、
私はグラタン、カレーなど
を一緒にふるまいました。

人生、後にも先にも
肉を20kgを一度に購入したのはこの機会だけでしょう☆


食べる前に、誕生日の歌を歌ってもらい、
みんなでこの時を一緒に過ごせることを神に祈り、
   
クリスチャンに便乗し、祈る☆


食べるっ!!


食後はお腹いっぱいだけど、たくさん会話を楽しみ、
それでもお腹いっぱいなので、L隊員と一緒にマリア散歩へGO!!


これが私の任地。



帰りにサッカーの試合に遭遇し、ビックリ!!



こんな素敵な写真が撮れたのでした!!


久しぶりに町を歩くと、

「チエ~!」と声をかけてくれる人が沢山いて、
心が あたたかく なりました。

ありがとう。

いい誕生日でした(^^)v

2011年12月10日土曜日

不思議な気分。

ほほほ。

あと30分で、30歳になります。。。



ついさっき
アフリカにいる友達から

『30歳が一番魅力的な年齢やねんてよー』

という言葉をもらいました。




一人の人間として、魅力的になれるよう、

がんばってみましょう。

2011年12月4日日曜日

それが協力

今日はお隣のビッグな街サンタ・リタから協力隊員仲間が遊びに来てくれました。

マリアアウシリアドーラの他の3人も呼んで、5人で食事。

アイス屋さんで、アイスをかじり、折り紙を学び合う。

その後、我がステイ先でテレレ(冷たいマテ茶)を回し飲み。

ゆったりとした時間。これがパラグアイ。





キンキンに冷えたスイカを かじる。

階段の段差に並んで 種とばし。

その後、皮を 庭に 投げ飛ばす(有機ゴミとして?!)。

12月のスイカは、もうこれで最後かもしれないな…

そう思う。。。  いいステイ先に恵まれたことに 本当に感謝です。








昨日、テレトンという大きな会社が パラグアイ全土で募金活動を行いました。

体にハンデを持つ人たちや親のいない子どもたちを助けることにそのお金を使うそうです。

今回8mil millonesグアラニー集まりました(私の聞き取りが正しければ…)。

日本円で 約1億6千万円 です。

大きな会社やお金持ちさんが 毎年莫大な額のお金を寄付するそうで、

目標を大きく上回る額に到達したそうです。




去年集めた金額で、できたことが発表されました。

コロネド・オビエドという大きな町に 立派なリハビリテーション施設を建てたそうです。

また、子どもたちの病気を治癒させるのに、お金は使われたそうです。




無知な私は

これでいいの? その先の発表はどこかでされているの?

と 考えてしまいます。



子どもたちに直接ほどこすことは 直接結果がでる。

あとは、その子に どうやって集められたお金で
 どういう過程でほどこされたのか伝えるのみです。



でも、施設はどうですか?

  その施設を運営・経営するプロはいますか?

  その施設で働く技術者は、どんなレベルの方ですか?
   (器具、使いこなせます?知識持ってます?)

  そこの施設を利用する人はお金を払うようなのですか?

これにとどまらず、いろいろ考えてしまいます。



 ないモノを作ることは、お金があれば簡単だけど、
   ただ「存在するモノ」ではなく、有効に活用し、
     それを「続くモノ」としてしていくことは 本当に難しい。
と思うのです。



それは 一歩間違えると 自己満足。

それは、そこに(で)生きる人と密着しなければ、残ったようで、残らない。

ここが 一番大事。




自分で書いてて訳がわからなくなりそうですが、

そう、

大事なことなんです。 と、思うんです。

2011年12月3日土曜日

からだは正直です。

美容院?に行きました。


『白髪があるわよ。』、『抜いていい?』と言われ、

『私、髪の毛多い?』と聞き、

『メッチャクチャ多いわ。』と言われたので、

『じゃあ、抜いてもいいです。』と言いました。




ブチッ!! 痛いよ、もぅ(・・。)

『あなた、毛根大きいのね。』と。




その後、白髪を見つけるたびに、

美容師さんはブチッ、ブチッ!!と抜いていく。 え、ぇ、ぇ~。

合計10本くらい抜かれました。。。

多すぎです。後頭部。。。




完全に、ストレスでしょう(> <。)  原因は。




こんな髪の毛もありました。

先が黒く、途中で10cmくらい白く、その後10cmくらい黒く。。。

これ、ストレスにより白髪化され、その後ストレス解消し、また黒髪化。


『ストレスが解消されれば、髪の毛の色は元に戻るんですよ~』って

日本の美容師さんが言ってたのを思い出した。。。


1ヶ月1cmだと考えて逆算すると、

10cmは10ヶ月前。

そう、2011年2月、パラグアイの学校が新年度をむかえ動き出した頃。

そういえば、『今年も去年と同じで、仕事がない…』と思いながらも、

こんなもんかな…と少々あきらめ(落ち着き)、一年先を見据えてた頃。。。

その前は、語学に赴任に新生活にと、いろいろ苦労したわけで…。

それが白髪10cm期間だったわけですね(+ +)…。



『こういう元に戻った髪は抜かないで』とお願いし、白い部分だけ切ってもらいました。

ストレス さよなら~ という意味で。

なにはともあれ、今の髪は黒いので安心です。

人間の体は、ま~ よく出来てるのですね(^^)

2011年12月2日金曜日

癒し

出掛けて帰ってきて、夕方から一気に読み終えた本。。。
(本好きとは言えない私が読めた奇跡の本)


『海のふた』 よしもとばなな

名前だけ知っている「よしもとばなな」さんの本をボランティア連絡所から借りてみた。
(ファンの皆様、無知でスミマセン…)

いい本でした。





最後の方に、こんな文章があります。

意図して、誇り高く、地味な努力をして、あれこれ頭を使って工夫をしたら、実現するのだ。
この世に、これまで影も形もなかった何かを出現させて、それを続けることができるのだ。
私たちは人間だから、すごい力を持っているんだ。誰かがかき消そうとしても、無理やりに均されそうになっても、どんなに押さえつけられても絶対になくならない、そういう力を。




筆者あとがきには こうあった。
どうか若い人が希望を失わずに日本の自然を愛していけますように。



ばなな さんの 気持ちがよく伝わってくるような素敵な本でした☆

2011年12月1日木曜日

ひとにやさしく

ナチョ という名の パラグアイ人(29歳:男)に出会う。

彼は 甥(おい)が日本で 国際法律学 を学んでいて、

兄はアメリカで大学4年間学び、向こうで生活している、  らしい。





最初にかけて来た一言は

『パラグアイはどうだ?』
『パラグアイ人はどうだ?』

という、お決まりの質問。



お決まりの質問だから、お決まりの回答。

『うん、とってもいい国だね。すごしやすいし。』

すると、『それはよかった。それが一番大事だ。』とホッとした ご様子。




その後、いつものパラグアイ人のように、めちゃくちゃな量の質問を投げかけてくる…
いつものように半分は聞きとれないので、
テキトウニ ナガシテ イキマシタ・・・





話が進んでいくと、彼はこんなことを言っていました。

「自分はスペインに仕事を求めて 行ったことがある。

パスポートもビザも ちゃんと申請した。

けど、スペインの空港で『お前のビザやパスポートは偽物だ!』と言われ、

入国できないまま 3日間も空港に足止めを食らった。

彼ら(スペイン人)はEURO圏内の人間にしか しっかり対応しないんだ。

悪い人たちばっかりだった。イヤな想いをして、悲しかった…。」  と。





彼が 私に どうして「パラグアイやパラグアイ人はどうだ?」と聞いてきたのか、
その時初めてわかりました。

彼はスペイン(自分の国じゃない場所)で、イヤな想いをした。

だから、逆にそれを心配してくれたんだ… と。

敷居の高いお国で、こういうイヤな想いをしている外国人も多いんだろうな…




最後に彼は

『知り合えてよかった。』 ← ま、ちょっとの間、話しただけですけど…(- -;)

『パラグアイには危ない所もあるから、気を付けて。』

『ここでのことが全てうまくいきますように。』

と、優しい言葉をくれました。





よく質問しまくってくるパラグアイ人には ウサンクサイ人も多いのですが、
ナチョは いい人でした。






前の私は、

日本で外国人に会ったとしても、
『日本はいかがですか?』とか『日本人はどうですか?』なんて 質問しなかった。



今度聞いてみよう。

私たちの国は

ナチョの甥も わざわざ 選んで 勉強しに行くほどの、すごい国なんだから。