雨の日曜日のここパラグアイ マリアアウシリアドーラ。。。
散歩しようにも、出掛ける気が湧きません。
人とろくに会話もせず、読書、kakuro(数独に似た数字パズル)、数独、パソコン…と
病んだ、いや、静かな一日を過ごしています。
先日、あるパラグアイ人に言われました。
「ある日本人が言ってたんだけど、
日本(人)ってパラグアイ(の人)みたいじゃないんだって?
ここみたいに挨拶もしないし、冷たい人が多いらしいね~。
大変ね~…。
(その人は、)パラグアイ人はみんな親切で、おおらかで、温かいって言ってたわ。
日本に行くのがイヤだとも言ってたわ。」
と。
そうですかね(+ +)?
そんなこと、あります(+ +)?
だから言いました。
「そんなことないです(^^)」 と。
『日本人だって親切ですよ。優しいですよ。ただ、少し恥ずかしがり屋なんです』
「相手の気持ちを考え過ぎて、後先を考え過ぎて行動できないときだってあるんです」
もちろん、人によっては そういう人もいるかもしれない、多いかもしれないけれど…と付け加えて。
自分の国をそんなふうに言われるのも、ちょっとイヤな(悔しい)気分なので、
「その人、よっぽど日本で辛い思いしてたか、周りの人に恵まれなかったのかも?」
とも、思わず言ってしまいました(> <) 嫌味?! ←反省…
他の国を褒めるために自分の国をけなさないでほしいです(> <)
学校にいる子どもたちを見ていると、
パラグアイの学校にはイジメはありません
少なくとも私がお世話になっている学校にはない。
太っちょさんでも、ブサイクちゃんでも、片親でも、ワガママ坊主でも、その逆でも、
誰かを本気で傷つける子はいません。
それはきっと自分が愛されているからでしょう。
だから他の人が自分と同じように愛されているもわかるのでしょう。
自分の子や親、親戚への愛情を、目に見える形で
(日本人の私からしたら)『イヤイヤ~やり過ぎでしょ(--)?!』ってくらい表現しているので…
かつ、パラグアイの生活には、「も~ダメでしょ?!」ってくらい せわしなさもない。
だからかな、心が穏やか。
きっと大人にも同じことが言えるのでしょう。
大人が社会を創って、
その大人たちが育てた子どもたちがその先の社会を創る。
批判ばっかりじゃなくて、
よいとこ伸ばし、よいこと吸収、悪い所を減らす。
成長を目指す 人や社会でありたいものです。
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